マイケル・ポーターの「IoT時代の競争戦略」(前編)
ハーバードビジネススクール教授で、「競争の戦略」や「5つの力」などの著書を持つ経済学者マイケル・E・ポーター(Michael E. Porter)氏の、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)に関する最新論文「IoT時代の競争戦略(How Smart Connected Products Are Transforming Competition)」が公開された。共著は米国PTCの社長兼CEOであるジェームス・E・ヘプルマン(James E. Heppelmann)氏である。IoTを取り巻く企業の環境の変化をまとめた同論文の内容を開設する勉強会をPTCジャパンが開催した。
ポーター氏は、1995年に初めてPTCの取締役に就任し20年にわたって同社の取締役を務めてきたが2015年で退任。ただ戦略アドバイザーとして関係性は続けていくとしている。これらのPTCとポーター氏の関係性から、2014年11月にポーター氏とヘプルマン氏は共同で米ハーバードビジネスレビュー誌に論文を寄稿した。
PTCでは2013年12月に米ThingWorxを買収して以来、IoTへの取り組みを本格化。今回の論文を同社のIoT戦略の裏付けになるものとして、PTCの日本法人であるPTCジャパンでは勉強会を開催した。解説は、PTCジャパン SLM事業部 バイスプレジデントのアッシャー・ガッバイ(Asher Gabbay)氏が行った。本稿は3回に分けてその内容を説明するが、まず前編では「IoTやスマートコネクテッドデバイス(接続機能を持つスマート製品)とは何かがどのように産業構造を変革するのか」という点について紹介する。
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IoTの波は第3のIT革命
同論文によると、ITを中心とした変革の波は今までに2回来たという。1度目は1960~1970年代にかけてのもので、注文処理や経費の支払い、CAD、MRPなどバリューチェーン上の個々の活動に関する情報の収集や各種処理などを自動化することを実現した。各活動における膨大なデータを収集・分析できるようになったことで業務における生産性が向上。IT化の最適解を求める中で業務プロセスの標準化が進んだ。
2度目の変革が1980~1990年代だ。これはインターネットの誕生である。世界中のどこからでも低コストで接続できるようになったため、社外の納入業者や販売チャネル、顧客を巻き込み、従来にない大規模な業務活動間の調整と統合が行えるようになった。例えば、世界各地に分散したサプライチェーンを緊密に連携させて生産を行うというようなことが可能となったわけだ。
そして、第3の変革の波とされるのが現在のIoTによる変革だ。あらゆる製品にセンサーやプロセッサー、ソフトウェア、接続機能が組み込まれ、事実上コンピュータが各製品に内蔵されているような状況になった。しかもこのつながるということを生かし、クラウド上に製品データを収集し、分析することが可能となる。製品そのものがスマートコネクテッドプロダクトとなるため、これらの分析を生かしてアプリケーションソフトウェアを稼働させることで、製品の機能性と性能が大きく向上している。
これらにより、製品を作る過程では、製品設計、マーケティング、製造、アフターサービスのあらゆる局面で変革が生まれる。製品データの解析やセキュリティ確保など新しい業務が生まれる他、バリューチェーンの在り方も変わると見られている。
大きな変化をもたらす、第3のIT革命だが、注意しなければならないのは「競争のルールや競争優位性が何によってもらたらされるか」は従来と変わらないという点だ。そのため、何が競争のルールになるのかという点を把握しなければならない。
接続機能を持つスマート製品
「接続機能を持つスマート製品」とは、「物理的要素」「“スマート”な構成要素」「接続機能」という3つの柱で成り立っている。
物理的要素とは機械部品と電気部品を指す。自動車でいえば、エンジンブロック、タイヤ、バッテリーなどが当てはまる。
“スマート”な要素とは、センサーやマイクロプロセッサー、データストレージ、制御装置、ソフトウェア、組み込みOS、ユーザーインタフェースなどを指す。自動車では、これはエンジンコントロールユニットやABS(アンチロックブレーキングシステム)、タッチパネルディスプレイなどが当てはまる。ソフトウェアの働き次第で性能に大きな差が生じる領域である。
接続機能とは、製品を有線または無線通信を介してインターネットに接続するためのポート、アンテナ、プロトコルを指す。接続形態には、「一対一」「一対多」「多対多」の3つの形態がある。高い機能性を実現するにはこれらの3つを全て接続可能とすることが必要だ(図1)。
接続機能には2つの要素が含まれている。1つは、製品やシステムとの情報交換を可能とすることであり、もう1つは製品の機能の一部を製品の外のクラウド環境に置けるということだ。これにより、接続および通信を基軸とした新しい技術の構成が必要になる。それを示したものが「新たなテクノロジースタック」だ(図2)。
スマート製品に対応するには、新しい製品ハードウェアや組み込みソフトウェア、接続機能、遠隔サーバ、稼働ソフトウェアを搭載した製品クラウド、セキュリティツール、ゲートウェイ、業務システムなどの統合機能から成り立つ。これらの幅広い技術を全て開発するのは非常に厳しい。そのため、ほとんどの企業が内製で全てを行うことはできなくなるだろう。
IoTで具体的に製品がどう変わるのか
それではスマートコネクテッドプロダクトとなることで製品の機能はどのように変わるのだろうか。具体的に付与される新しい機能としては以下の4つがあるという。
- モニタリング(Monitoring)
- 制御(Control)
- 最適化(Optimization)
- 自律性(Autonomy)
これらの4つの機能は、それ単体でも価値を持つとともに、次のレベルの土台としての役割も果たすことになる(図3)。
実際に4つの機能を見ていこう。
モニタリング
スマートコネクテッドプロダクトは、センサーと外部からのデータを使って、製品の状態や稼働状況、外部環境の監視を行うことができる。ここで得られるデータは製品設計や市場のセグメンテーション、アフターサービスの強化などに大きく役立つ。例えば医療機器でペースメーカーの状況を常に監視し続けたり、掘削機械の稼働状況などを常に把握したりすることができる。
制御
スマートコネクテッドプロダクトは常に接続を行っているため、製品クラウド上の遠隔コマンドやアルゴリズムによって制御が可能だ。アルゴリズムによって状況や環境が指定した通りに変化した場合に、それに応じて製品に指示を出し、最適な動作をさせられる。例えば、家のドアホンが押された時にその映像をスマートフォンに転送し、スマートフォンで応対するようなことなどが可能となる。
最適化
モニタリングデータと制御機能を組み合わせることで、製品性能の最適化が可能となる。過去のデータと現在のデータを比較し、過去のデータを分析しアルゴリズムにより処理を行うことで自動で最適な制御を行えるようになる。例えば、風力発電では、風車の回転に合わせて制御装置が各ブレードを調節し最も発電効果が高くするだけでなく、周辺の風車の効率を妨げずに、回転できるようにすることなどが可能となる。
自律性
モニタリング、制御、最適化の技術が結び付くことで、製品は自律的に最適な判断を下せるようになる。自律性を備えたシンプルな例としては、さまざまな形状の部屋の床の状態を探って掃除をする掃除ロボットがある。より洗練された製品を考えてみると、自らの稼働状況と環境に関するデータを基にアルゴリズムを作動させ、他製品との通信機能なども含めて最適な作業を行い続けることが可能となる。
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前編では、IoTおよびスマートコネクテッドデバイスとはどういうもので具体的にどういう機能を保有するようになるのか、ということを紹介した。中編では、これによって産業構造がどのように変化するのかということについて説明する。
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